いよいよ電験3種の試験日ですね

明日日曜日は年に一度のイベント、電験3種の試験日です。「試験の出題予想は?」なんて聞かれることもありますが、適当な事を言うわけにもいかないし、いつも通り電気物理の基本からちゃんと理解していれば大丈夫、としか言いようがないです。

とはいえそれも何なので、何か書いておきます。

  • 理論

例年、最初の方の抵抗組み合わせ問題は、「何か」に気付かないと無駄に計算時間を浪費するように仕組まれた問題が良く出ています。例えば、多数の抵抗を組み合わせた回路で、良く回路を見ると電流が全く流れない抵抗が何個もあり、それを取り去ってしまえば超簡単な回路になる、それに気付けば即座に答えが求まるけれど、それに気付かない人は複雑なキルヒホッフの連立方程式の計算に時間を浪費してしまうようなもの。したがって、どうも複雑だな?と思った場合、ちょっと立ち止まって別の角度から見てみると良いかもしれません。

後は、どの科目もそうですが、残り1日で出来る直前対策として、過去数年の過去問の中から知識問題(知ってれば解けるし知らなきゃ出来ない問題)のみをピックアップし、それを集中的に覚えておきましょう。「次のうち誤った記述はどれか」式の問題は、正解となる誤った記述以外の正しい記述を覚える感じで。

  • 電力

電力は知識問題の比率が高いので、上に書いた直前対策みたいな感じで宜しいかと思います。敢えて言えば何だろう?太陽光とか風力とか、自然エネルギー関連がここ最近のトレンドかな?(外したらごめん)

  • 機械

ここ最近、直流機についての掘り下げた問題は出てない気がします。基本的に、界磁磁束×コイルの断面積×巻数×回転速度が逆起電圧(発電機の場合は発電電圧)で、そこから巻線の抵抗の影響を考えたものが端子電圧…ってことが分かってれば何とかなるのが直流機。なので界磁巻線と電機子巻線が直列の直巻は特徴的な性質を示す、と。

同期機・誘導機については必ず出題されるだろうけど、基本的な性質を抑えてあれば大丈夫な気がする。そういえばインバーター制御の問題なんか出ても良いんじゃないかと思うけど(こういうことを言って外すのもアレではある)。

自然エネルギー関係も近年良く出てるから、太陽電池とか風車、小水力発電あたりも。

  • 法規

例えば3.11の後は計画停電の問題が出たりと、割と最近起こったニュースに関するトレンドが出題される傾向がある。じゃあ最近は何があったかというと、…

ん~…

何かあったかな?

まぁ、近年太陽光発電がトレンドではあるかな?

試験直前の1日で出来る対策と言えば、ここ数年の過去問の出題文のカッコの中に正解を入れて黙読(音読でも良いけど)する、位かな?

もちろん全く同じ問題が出題はされないけど、同じあるいは近接した法律について出題される事はあるからね、と。

 

まぁ、残り1日の直前対策は、どの科目についても過去数年の知識問題をピックアップして黙読あるいは音読、これでしょう。

 

皆様の試験合格をお祈り申し上げております。

4月の多忙期何とか終了で一息。

新年度当初は忙しいものだけど、本当に忙しかった…。

何と言っても某L社の技術系公務員の講座収録がエネルギ使います。何せ2時間半喋りっぱなし、頭使いっぱなしですからね。一番忙しい日は朝6時半に起きて午前・午後と仕事、その後で夜7時半から収録を始めて22時過ぎに終わり、帰宅したら午前様。

銀行に行く時間も何もなくて、クレジット引き落としに間に合わず後から銀行振り込みなんて感じにもなっちゃいましたよ。まあ、これが一年中続けばブラック労働で過労死みたいな案件なんだろうけど、春先だけですから春先だけ。

とはいえ、過労で倦怠感と発熱まで催したのはちょっとヤバかった。おっさん無理しないように程々のラインでやっていきますわ。

山奥の思い出

人間に前世はあるのだろうか?

誰かの記憶を引き継いで産まれてくることはあるのだろうか?

 

現代科学では、どちらも明確に否定されていることだろうし、人間は両親から引き継いだDNAという設計図を基にして産まれてくるのだから、そこに乗りようのない情報をもって産まれてくるはずはない。

遺伝として引き継がれる情報も、例えば肌の色、血液型、体質などであって、記憶とはいかなくとも、趣味趣向までもが先天的に決定されるだろうかと言えば、常識的には生まれてからの環境によって決定される、というのが常識的な見解なのだろうと思う。

 

母方の実家は山形県の寒河江市、その市域でも最も山奥に入った村で、古くは国内有数規模の産出量を誇った永松銅山との荷物の中継で商を営んだとのこと。父親の生まれはその永松鉱山で、父方の祖父は鉱山の機械技師だった。

幼少の頃、夏休みになって母方の実家に帰省すると、祖父はいつも永松鉱山跡を超えてひたすら砂利道(今の国道458号線。ちなみに砂利道の国道は全国でもここ只一か所で、その筋では有名である)を運転し、肘折温泉に連れて行ってくれた。永松鉱山は既に廃鉱となり、極めて山深い山中に廃墟が残っているだけであったが、幼少の私は永松鉱山の話を耳にすると、そこに行ってみたくて堪らない気持ちになったものだった。それは好奇心というよりも、何かの自分の起源がそこに有るような、何とも言えない焦がれるような気持だったのを良く覚えている。

肘折温泉は、知る人ぞ知る名湯。冬場は2mも3mも積もる豪雪地帯の山中に、まるで昭和の時代で時が止まったような街並みが並んでいる。事実、小学校低学年の頃に祖父に連れられてきた時と大きく変わらない街並みがそこにはある。流石に木造の旅館は建て直されたものも多いけれど、風景自体はあの頃と同じなのである。

肘折温泉の湯は、大きく分けて公衆浴場の「上の湯」に注がれる無色透明の湯と、各旅館に引かれる共同源泉の、茶色く濁った湯がある。上の湯の泉質は、坊ちゃんで有名な道後温泉に近く、とてもさっぱりとして爽快な温泉。共同源泉は、とても良く温まる優しい湯。どちらも最上のお湯で、入れば入るほどストレスが解消され、心が穏やかになり、健康になっていくような気がしている。

永松銅山と肘折温泉の関係は長い。大蔵村側から山に入ると、険しい谷を越えてカルデラ地形の肘折温泉に入り、ここから川沿いに数キロ遡上すると永松銅山がある。冬場は余りの積雪のため下界と完全に遮断される永松銅山にとって、ようやく雪が消えた時期に肘折温泉で疲れを休めた人も多かったことだろう。

さて。

冒頭に書いた「前世」「記憶」というのは、私自身の体験である。

私は幼少の頃から機械や電気が好きだった。これは、機械設計技師だった父方の祖父、陸軍の通信兵だった母方の祖父の隔世遺伝であることは間違いないものの、小学校の頃から真空管が大好きであることのほか、実は私には、先天的に山芋、酢漿草、昼顔、オニドコロ、ニガカシュウなどの葉っぱが「死ぬほど大嫌い」という性質がある(手で触れでもしようものなら死ぬか発狂するレベル。見るのも嫌だし靴で踏むのも嫌)。いずれも共通するのはハート形の葉っぱ、という事なのだけど、良く似た朝顔やシロツメクサ(クローバー)は何ともないし触っても平気なのである(ちなみに家族にも同じように先天的に蛙に拒否反応を示す人もいた)。これは、後天的に何か嫌な体験があったというのではなく、先天的に理由なくダメなものはダメ。全く科学的根拠はないのだけれども、もしかしたら戦時中、南方戦線において極度の飢餓状態に追い込まれた祖父が、命を繋ぐためにその辺にあったありとあらゆるものを口にした体験?が遺伝しているのではないか?とも思ったりしている。祖父は、骨と皮だけになって餓死寸前で終戦を迎え、運よく帰還してきた人であった。

 

大学院時代に極度のストレスに苛まれたとき、頭に思い浮かんだのは「山形の自然の中に行こう」という思いであった。オートバイに乗り、延々400kmを走り、祖母宅へ。そこから更に山中に入り、自分の足で永松鉱山跡へ。そこには、本来の自分を取り戻させてくれる自然があった。肘折温泉に入ったら、その数年前に亡くなった祖父との思い出が心に浮かんだ。嗚呼、やっぱり人間は自然の中でこそ生きられる存在で、自然に生かされているのだな、山の神様には感謝しないといけないんだな、という思いを新たにしたものだ。

戦後の日本は、田舎を時代遅れの恥ずかしいものとし、コンクリートに囲まれた都会がかっこいいものとした。農業は遅れているとバカにし、ハイテク産業がもてはやされた。しかし、それで良いのだろうか?

近い将来、必ず日本は没落していく。高齢者が国の大半を占め、産業は斜陽化する。もとより、日本の何倍もの人口を抱え、若い勢いに満ち溢れている中国をはじめとしたアジア諸国のエネルギーに勝てる訳はない。そうなると、国力が衰えた日本は外国から食物を輸入しにくくなり、食べ物に困るようになっていくだろう。その段階で、多分農業が見直され、昔のように、まずは食料を自給するところから再スタートして国づくりをしていくことになるのではないかと思っている。

無論、私は幼少の頃から田舎に馴染みがあるので、排他的な空気など田舎独特の悪習があることも承知している。それを変えていき、来る21世紀中盤から後半にかけて、世界の中でも豊かな自然と美味しい食物に恵まれた「素敵な田舎」としての魅力がある国になっていかないかな、なんて事を思っている。

みんな、もっと田舎に目を向けよう。自然の中に身を置いてみよう。

都会でストレスにまみれた日本人が忘れてしまっている、人間本来の姿が見出せるんじゃないかな。

 

 

うーん。我ながら全くまとまりのない文章。及第点以下だなこりゃ。

新年早々お目汚し失礼いたしました。

 

2018年1月2日

肘折温泉の某旅館にて。

2017年夏・講座収録の日々

今年(2017年)の夏は、8月2日に大阪入りし、20日までの予定でSAT電験3種講座の収録を行っています。今年の改訂点ですが、電力・機械・法規の教材を大幅に増補したため、今までは必要最小限…いや、それ未満の事しか書いていなかったのが、多少はマトモになったかなと思ってます。

昨日13日までで、理論・電力・機械まで収録し終わりました。相変わらず我ながら良く喋るモノだと思いつつも、喋るのが仕事なのでそれで良いんですけどね。今回、機械の第一章(直流電動機)では、この賞だけで1時間半くらい喋ったんじゃないかと思います。

色々な場所で講義をしていて思うのは、やっぱり本質をしっかりと理解することが王道であって、それに勝るものは無いということです。私の仕事は、相手が何を理解していないかを早く正確に読み取って、どこをどう言う風に説明すれば最も早く確実に、正しく理解できるかを考え、相手の様子を見ながらそれを確実に伝えることです。物凄くエネルギーを使いますが、ただ本を読み上げるだけならわざわざ喋る意味ないですからね。

今日からは法規に入ります。できれば2日間くらいで終わりにして、後は消防設備士の再収録と、一部過去問解説(私が誤った答えを示していたもの…)を収録し、18日には終わりにしたいと思ってます。